それいけ!ディープ歌謡曲

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真弓倫子/コンフュージョンー静けさを破って

2013.10.08.Tue.00:21
愛称はリンコ。

゛切なさ゛を歌わせたら、彼女と島崎路子との右に出るアイドル歌手はイナイ・・・
って程、どの曲も哀愁感た~っぷりに歌ってくれました。
しかも、彼女の場合、ボーイッシュなのに切ない表情で歌ってくれちゃうアタリが最大の武器゛キュン゛と来るんです。  
 
そんな彼女の、こちらは4枚目のシングル。

彼女の場合、デビュー曲が大作過ぎて、以降のリリース曲が、その他・・・扱いされてしまうケースが多いが、いえいえそんな事はございません・・・

この曲は、デビューの翌年に、前作から8ケ月ものインターバルがあってのリリース作で、ある種、イメージチェンジな作品となりました。
残念ながら、この曲からオリコンHOT100圏外となってしまう訳ですが、シングル曲の中では、サビが一番パンチがあったりする、意欲作!

ちょっぴり、強気なリンコを見てください・・・的な。

一年間、徐々に伸びた髪も季節を重ねる毎に、色っぽくなりました・・・  
 
僕は彼女が、たま~に出て、歌っている姿を見ては、髪が伸びていく過程を、うっとりと見つめていました・・・

また、B面に収録されている、秋の名バラードとも呼べる「Septemberから・・・」では、デビュー曲を彷彿させる、゛潮風の声゛も健在!
これぞ、あなどれない隠れB面曲の宝もの作品。
夏の疲れを癒してくれます・・・

僕は、現役当時から彼女が与えられた位置?!・・・この位置的な存在感が大好きでした。 
IMG_3632.jpg
1988年作品/BMGビクター
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コメント

Re: こんにちは
ジャムさん、お返事どうも^^

あ~そう言う事だったんですねー
分かりました^^

ジャムさんも、りっちゃんの宣伝活動に一石を投じたお人柄なんですね~^^
偉いです^^。アイドルの為に動くって・・・
それに、良い思い出と、経験になりますよね。

だけど、りっちゃんを応援してくなった気持ち、僕には、すごーく分かる気がします。
そして、一度、りっちゃんに会えば、更に応援したくなる気持ち。
ですよね・・・^^

へぇ~
あの「熟女・B」の作曲者でもある中村先生がボイストレーニングの先生だったんですかー^^
確か、いつの回か忘れましたが、「毎度~」に中村さんも出演なさっていたような・・・
その流れだったのかな・・・

いろんなグッズは、もらえて良かったですねー^^

そうそう、脇役の目立たない女の子・・・だったんでした。
ですね、「コンフュージョン」から、ファンてのは、ズバリ珍しいです・・・
でも、僕も記事に書いていたように、女としても色気を感じ始めたのが、この頃だったような・・・
綺麗になってゆきましたよね^^

あ~そう言う事だったんですね、ラジオで岡本南と仲よくなったんですか~
知識増えました。^^

あ、なんか分かりましたよ!
橋本美加子が好きで、その後、立花理佐が好きだった・・・というラインで、ジャムさんのお顔の好みが分かったようなっ、、、(笑)そんで岡本南も系統は似ているような・・・。^^
こんにちは
こんにちは。
度々失礼します。

当時自分は田中律子のファンクラブに入ってまして、会員をボックスコーポレーションに集めて文化放送の全日本歌謡選抜などに電話リクエストをしてたんです。
なので田中律子に関しては、かなり詳しいと思います。笑

真弓倫子さんの場合、また違う話しがあるのですが、当時学校の同級生のお姉ちゃんがデビュー前の真弓倫子と中村泰士さんのとこでボイストレーニングを受けてました。なので、その同級生から、「片思いグラフティー」でデビューするとき、いろんな宣伝グッズをいただきました。笑
自分は当時、立花理佐さんが好きだったので、当時こんな脇役の子は売れないと思って興味がなかったんです。
でも、「コンフュージョン」から好きになったかんじですね。珍しいのですが・・・2年目になったらものすごく垢抜けて綺麗になってきたので。その後、文化放送の「いちごはどきどきピンクコング」というアイドル番組に毎週レギュラーのように出演されてて、ものすごくサバサバしてておもしろい人なんだなとはじめて知りました。ちなみに、岡本南とはこの番組で意気投合して、仲良くなったんだと思います。真弓がつっこみで、岡本がボケというかんじで本当に面白かったです。

岡本南もあんな音痴なのに、REONAとかいう名前でまた再デビューした時はビックリしました。でも、岡本南の場合、あまりテレビに出演してないので知られてないのですが、かなりのオオボケで、本当に面白い子だったんです。バラエティーにでも売り込めば、かなり売れたと思います。笑
Re: こんにちは
ジャムさん、こんにちは^^

このジャケット写真も良かったですね。
僕も大好きです。B面も好き!!

上手く読めなかったんですが・・・りっちゃんが追っかけや電話リクエストをしていたのですが?
それとも、ジャムさんがやってたんですか?^^
教えてください。^^

磯部恭子(笑)

ですね・・・仁藤優子と仲が良いのは有名でしたね!^^
岡本南が意外ですね~

ほぉ~「黄昏のシャララ」が当初、A面だったんですか~
彼女に、バラード歌わせると胸キュンしてていいんですよね~
表現力に優れてたんでしょうね。
ホント、デビュー当時に1枚、アルバムを残しといて欲しかったです・・・

もう、89年に、今更ながらファーストアルバムが出た事、自体が奇跡に近い光景でしたからね、これで歌手活動は、いっぱいいっぱいだったんでしょうー。

オーダーメイドでの復刻は、彼女を見直してもらえるチャンスで、かなり嬉しかったです。
欲を言えば、橋本美加子みたいに、12インチバージョンも追加収録して欲しかったナッ!^^
こんにちは
サビも覚えやすいし、いい曲だと思ったのですが・・・
ジャケ写も好きです。

確か前作「アイハードルーマー」でギリギリ100位以内にはいってたので、やはり少しさがってしまったかんじですね。その次の「こしゃくなマイハレーション」も158位だったんです。なので全シングル200位以内にははいってたんですよね。

りっちゃんは追っかけや、事務所での電話リクエストなどもしていて、よく真弓倫子と仲が良いとかいってました。後は、磯部恭子とも仲がよかったようです。ただ芸能人同志の仲が良いは浅い付き合いが多いですよね。笑 やはりライバルなので・・椅子取りゲームのようなかんじです。

真弓倫子さんの場合は、同期の仁藤優子さんや岡本南さんと確か仲が良かったと思います。

移籍問題はそういう事情だったんですね。

ちなみに「アイハードルーマ」は当初A面扱いではなく、B面の「黄昏のシャララ」がA面だったんですよね。この曲がサードシングルだったら、少し地味かもしれませんが、個人的には良かったと思います。名バラードです。コーラスワークが素晴らしいと思いますよ。

正直、90年代にはいってからのお色気路線の活動はどうかと思いました。地道でもいいので音楽活動をしてほしかったなと。
やはり生活が厳しかったのかな?

Re: こんにちは

ジャムさん、こんばんは^^

好きでしたか、この曲!それの彼女歌声が良かったですよね~
素材が、惜しいな・・・

リンコも、応援行ってましたよ。当時。
一緒に、博多長浜ラーメン食った事もあります。^^

121位だったんですか・・・
りっちゃんも、あと一息だったんですね(笑)
本人は、ランキング圏内に入らないとヤバイとか言ってましたが・・・^^

この曲は、事務所移籍第1弾だったんですよね。
確か、話では、当時の担当マネージャーさんと一緒に事務所を移籍したんだった・・・と記憶しています。
そういう話が、一緒に移るけど、今後もよろしくね!というような事を聞いていましたから、、、
ですから、その点は、本人の意思もあったと思います。

原因の一つは、やっぱり、同じ事務所だった、同期アイドルとの差別化・・・
RVC的には、賞レースは出しても良かったんですよね、それが・・・
まぁ~、色々あったんだと思いますが、記憶では、「コンフュージョン」が発売される前後にも、辞める辞めない・・・というような騒動もあったと記憶しています。諸事情で・・・
時期は、定かではありませんが。

でも、すごーく、人のいいアイドルでしたよ^^

曲のレベルは変わらなかったのに、事務所が変わると、こんなにセールスが落ちるもんなんですね。

りっちゃんとは仲が良かったんですかー
へぇー^^
確か、同じ歳なんですよね・・・
こんにちは
この曲自分も好きでした。
デビュー曲同様ビオグールのCMソングでしたが、売れませんでしたね。確か121位だったような。
田中のりっちゃの「HIGH-WINDを追いかけて」が129位。五十嵐いづみの「タフボーイ」が124位。それぞれ初登場の週で、なかなかコアな週でした。ちなみに、田中律子と真弓倫子は友達でしたけどね。

やはり、事務所がデビューの年はバーニング系のビックアップルで、この曲で弱小事務所の移籍したのが原因だと思います。
しかし、一年もたたないうちに移籍なんて、可哀そうと思いました。
本人も傷ついたと思います。

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