それいけ!ディープ歌謡曲

スポンサーサイト

--.--.--.--.--:--
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

岡本舞子/愛って林檎ですか

2013.04.23.Tue.12:46
今とってもジューシーエイジ・・・ってキャッチフレーズが懐かしいです。ジューシーと14才をかけて作られたものでした。笑

ラジオでのスポットでも、このキャッチフレーズが紹介されていました・・・
同じレコード会社の新人、佐藤弘枝がペパーミントエイジだったんですよね。懐

当時、「見知らぬ国のトリッパー」を買っていた人たちにとっては・・・どうして新人歌手扱いなんだろう・・・
どうしてセカンドシングルではないのだろう・・・とも疑問もありつつ、貫禄さえ感じさせるスタートでした。

コレクター方々の評価としては、当時より全然今の方が進んでいると思います。

この年の春にデビューしたアイドル歌手の中では、華やかな曲が多かった中、イイ曲なんでけど地味で暗いイメージの曲でした。逆に現代視線で考えると、一番大人っぽい曲で、10年後、30年後でも、廃らないアイドルポップスで先を見越したような構成で作られたような作品でしたね。
古臭いけど、新鮮みたいな・・・

当時は、地味に聴こえていた曲が、ある程度、年を重ねて聴いてみるとシックリ来てしまうタイプの曲・・・だったように思います。
これは、作曲とアレンジを手がけられた山川恵津子さんマジックも大いにあったと思います。

B面の「桜吹雪クライマックス」は当時のファン人気曲で、製作サイドでは最後の最後まで、どちらをA面にするか、ギリギリまで議論された有望曲でもありました。
セカンドシングル「ファンレター」のレコードキャンペーンでもファンレターのB面「エデンの園」は歌わなくても「桜吹雪クライマックス」は沢山歌われてましたから、相当なものでした。
イベントの盛り上がりソングでもありました。

沢山行われていたレコードキャンペーンの中では、「ハートの扉」からは「恋にエトセトラ」、「ファッシネイション」からは「無防備なあいつ」が良く歌われていました。

ちなみに、九州のファンからは、キャンペーンが行われると、ちょくちょく福岡香椎ダイエーに入っていたことから、、、
岡本舞子と藤井一子の「第2の故郷は・・・香椎ダイエーだ!」などと、呼ばれていた。笑

僕が彼女を最後に観たのは87年5月、博多どんたくでのイベントでした。後期のイベントまで「11月のソフィア」は欠かさず歌われていた記憶がありますね・・・

若干、14歳にして生ステージでも、本当に歌の上手い少女でした。
また、今年もこの曲の季節がやって来ました・・・
IMG_0998.jpg

当時、ご本人からもらったサインだと思いますが、未確認の為、もし違っていたらご指摘お願いします。
IMG_0660.jpg
♯242
お題「愛って林檎ですか」
歌手名:岡本舞子
レコード会社:ビクター
発売:1985年

よい子の歌謡曲(1985年発行)当時の岡本舞子さんの事が詳しくわかります。
IMG_1112.jpg

初期の歌唱シーンIMG_1509.jpg

ハチ巻きまいて岡本舞子を応援するブレイク前の財前直見の姿も・・・笑
IMG_1515.jpg
IMG_1519.jpg
関連記事
スポンサーサイト

コメント


管理者のみに表示

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。