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僕と純平さんの音楽・その1

Categoryコウさんと純平さん

椎名純平さんとの音楽の出会いは今年で17年。
これまで聴き続けて来た純平さんの音楽を振り返ってみる時期に来ているようなので、このタイミングで数年前にブログで綴った記事を復刻版という形で取り上げてみる事に。
当時の自分の事、そして、純平さんの音楽の世界観に対する自分の思い入れなど、最近の僕しか知らない方たち向けに読んで頂けたらな、と思います。


椎名浅い夢



僕が2000年代アーティストで、とても大好きな椎名純平さんの紹介です。

純平ちゃんの音楽スタイルについては、以前「ショウタイム」の時に紹介していますので、そちらの方も合わせて参照くださいね!

ここでは、純平ちゃんを当時、聴いていた頃の思い出や、今、思う事などを書き綴ってみたいと思います・・・


まずは、冒頭の曲、紹介から。
「浅い夢」は、来生たかおさんのデビュー曲。
それを、純平ちゃんがカバーしている訳なんですが、この曲をカバーする事になった経緯は・・・
純平ちゃんが、幼い頃、ご両親が来生たかおのファンで、よく聴いていたらしく、しぜ~んと耳に入ってきたそうです。
で、中でも「浅い夢」に、引っかかりがあって、カバーとなりました。
夏の海の香りのする、甘く切なく男らしいバラードに仕上がっていますよ。


「浅い夢」が収録されたアルバム「discover」には、純平ちゃん自身が思い入れのある洋楽邦楽から、8曲をカバー
ラインナップは・・・「モンキーマジック」「いつか晴れた日に」「Yes-No」「勝手にしやがれ」「どしゃぶりの雨の中で」「IF YOU WERE THERE」「WHERE IS THE LOVE」(林檎さんとの初デュエットソング)という、色合い・・・


また、当時、限定アナログ盤として「モンキーマジック」「Yes-No」を収録した12インチビニール
「WHERE IS THE LOVE」(椎名純平&椎名林檎」も発売された。

椎名純平浅い夢

※僕的には、フルアルバムより、ビニール盤のジャケットの方が好き。


ヒゲスタイルは、30歳を機に、髭を伸ばそう~と決心。
もちろん、初めての事、緊張する、した。
伸ばした事ないヤツが伸ばすと、最初、絶対に何か言われる時代だったから・・・
ましてや、接客業だったし・・・
お許しが出るかどうかも・・・。


会社の社長夫人からは、案の定・・・「似合わないから、剃って」と・・・
実は、同僚で、先に髭を伸ばしていた、後輩がいて、思わず社長夫人に「OOは髭伸ばしてるじゃないですかー?」と、振ってみた・・・
そしたら・・・
「OOくんは似合ってるから、いいのよ」と返された・・・
「くっそ~・・・クッソー、会社の方針じゃねーのかよー」と、そのOOに思わず、文句言ってやった!
なんて事は・・・せず、一緒にとっとと風呂に行って、その事を告げた。


実は・・・そいつから、当時、髪切ってもらったり、髭を整えてもらっていたから(笑)


やっぱり、この顔ですからね・・・
当時は、似合わなかった、いや違和感たっぷりだったんでしょうね~
いま、振り返って思えば・・・
僕のヒゲ伝説は、こんな訳で、コンプレックスから始まった。


あ、そうだー!初対面の人に見てもらったら、いいんだー^^と考案。


当時の純平ちゃんの一連のナンバーは僕にとっては、まさに夜のテーマ。
夜出かけて、始発で帰る、または、カプセルホテルで一泊の、翌昼帰宅・・・
もちろん、仕事もやりながら、こんな不摂生、決して遅い不良とは・・・言わないが、そこそこ真夜中を謳歌していた時代。


とにかく、真夜中に熊本や福岡、大阪などの繁華街やクラブ街を歩きまわるのが、楽しかった。
好きな音楽聴きながら、もちろんアイドルポップスは封印・・・R&Bやブラックテイスト、クラブ系の音楽を聴いて。
それでも、興味のあるイベントがあれば、積極的に参加し、輪に交わっていた。
もちろん、入る時は1人で。


純平ちゃんの声は、僕の肌にあっているようで、歌声が心地よい。
もしかしたら、2000年代、男性ボーカルNO,1かも・・・
そして、楽しかったけど、ちょっぴり朝が来ると、切なくなるという・・・
男心まで、しっかりとフォローしてくれているような気もする。


その当時の話は、色んな事が沢山ありすぎて、語り尽くせないほど・・・
やっぱり、そう考えると充実していたんだろうなー



そんな僕なんですが、最近・・・2004年に戻りたい病が発生!しているのです^^

2004年に戻らないかなーって!
単純に^^アホですよね!

実は、先月で熊本市内へ引越して10年を迎えました~。
正直、まさかの10年、あっ、という間の10年でした。
でね、引越しして来た頃に戻りたいナーって思っちゃうんです。

実は、生まれてきて、「あの頃に戻りたい」って思った事が、これまで1回も無かったんですよ。
70年代は親同伴、義務教育の時代ですから、別として、80年代は、学校嫌いだから、戻りたくない・・・
90年代は、気持ちの上でも、仕事の上でも余裕が無く、ただ駆け足だった・・という感じ・・・で戻らなくてもいい。
やっぱり、自分にとって、2000年代は、気持ちの上でも、ゆとりを持てるようになり、好きな事が好きなように、割と思いも通って叶った時代だったんです。なんか、2000年代なんて、つい最近のようですがね・・・

ひらめくまま・・・って感じでしたね。
バンザーーーイ!2000年代^

2004年の時点では、親代わりで、育ててくれた祖父(2007年他界)と祖母(2005年他界)も健在でしたし、僕の仕事の事など、色んな事を理解してくれ、支えてくれていた女性も昨年、他界してしまったんです。
お金は、使っても稼げば何とかなりますが、人の命って、どんなに稼いでも戻って来ないですもんね。
あたり前の話だけど・・・


あと、先週、救急車で運ばれたこと・・・
自分が運ばれたこと、自体がガッカリですね・・・。
まだ、処方された薬は飲んでいるのですが、飲んでどーなるか・・・
そう考えると2004年の方が体力もあったなー・・・ってね。


更に、CDショップの減少・・・これも痛い、
熊本駅周辺や街も10年前の方が便利だったように思えます。

まぁ、色々、ひっくるめての2004年に戻りたーい!病ですが。

いやぁ、それでも、現実を受け止めながら、純平ちゃんの音楽と共に、また花を咲かせたい~と思って企んでいるところであります。^^


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- 2 Comments

コウさん(愛称:higejirou)  

ニシモンさん!

ニシモンさん!

あっ、ごめんなさい!汗。
これ、復刻版の記事de、当時のまんま、持って来ちゃったので、救急車の件も当時の事なんです。
ご心配おかけしましたねー。

そうなんですよ、最近、あの頃に無性に戻りたいなーと。
純平さんまで聴かれていたとは、ちょっと、正直、意外でした!^^
熊本には引っ越しして今年で13年になります、はい^^
どうもありがとうございます。

純平さんは純平さんなんで、林檎ちゃんのお兄ちゃんでしょ?なんて言わせないぞーーー!と常に過敏に思ってます(笑)

純平さんら、クラブ系の音楽を聴いて、自分としても雰囲気も一新できたと思っています。
大げさですが、恩人ですね。支えられ、変えて頂きました。

あはは、髭はずっと生やしていたら、顔がだんだん髭面になって来るんですよ。
お仕事の事情だと生やせないですけどね^^

2017/03/04 (Sat) 20:23 | REPLY |   

ニシモン  

まずは、

コウさん、体調は良くなってますか?
救急車で運ばれたなんて・・・
身体には気を付けてくださいね。

好きな音楽を聞いていると、
僕も聞いていたリアルタイムな時代に戻りたいなぁってたまに思いますよ
(^◇^)
音楽って、+αのいろんな思い出もありますしね。

椎名純平も17年経つんですねぇ。
デビューイベに当選して見に行った思い出があるんです。
どんだけ存在感あるんだぁ~って圧倒された記憶があります。

あ、熊本引っ越し10年おめでとうございます。

個人的に、髭が似合う人は羨ましいです。
(コウさんも椎名純平も)

2017/03/01 (Wed) 00:09 | EDIT | REPLY |   

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