それいけ!ディープ歌謡曲

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ミリンダの私から告白させて!♯6

2014.08.22.Fri.00:44
             「ミリンダの私から告白させて!」
私から
ウィークリー企画!「ミリンダの私から告白させて!」のお時間が今週もやってきました!
なーんか、見てて、このセクシー美女の絵が出てくると、今週もこの時間がやってきたんだなーと思います(笑)

先週は、お盆で、ミリンダ姫も大型商業施設で歩き回ったという事で・・・「その後、疲れが出て、夏バテ状態だったんですよー」なんて、なってらっしゃらないといいのですが・・・(苦笑)
まぁ、実際、夏の疲れが出てくる時期です。みなさん、お気をつけください。

先週から、三部作構成なんですよね。お題目が・・・
その2週目です!

さぁ、ラスト2週です。思いっきり、ぶちまけちゃってくださいよー!


男性より、ちょっぴりSな、だけど繊細な・・ミリンダ姫が綴る、過去や日々感じる事のあれこれ・・・

「ちょっと待って!私から先に告白させて!」思いのままに・・・

このコーナーでは、コメント欄にミリンダ姫から、「今週のお題」とする、コメントが寄せられます。
そこに、思った事があれば、コメントを入れてみましょうーという全員参加型のコメント広場です。^^

ミリンダ姫が軸となり、毎週色んなテーマで、告白話が展開します。
さて、どんな展開になるかは・・・貴方次第・・・。(笑)

では、ミリンダ姫、よろしQ!
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コメント

No title
皆さんこんにちは。ミリンダです。

前々回から続いているミリンダの男遍歴3部作?も今週で最終回を迎えます。
今回はいよいよ私の旦那の登場です。

男性不信が災いして全く男と付き合った事のないミリンダが、どうやって旦那と出逢い結婚するに至ったのか色々と書いて行きたいと思います。
タイトルは「その時歴史が動いた…1989年7月2日」です。

私は89年3月にそれまで勤めていた職場を辞め、すぐに隣町の和菓子工場に3ヶ月間限定でバイトをする事になりました。

工場と店舗は直結していて、和菓子を買いに来た人が希望すれば、工場内を見学できるようになっていました。
ある日、一人のお爺さん(Kさん)が工場にやって来て、私の隣に来て私の顔をジーッとのぞき込みにきました。
私は「何だ?この爺さん」と思いましたが、黙って仕事をしていました。

翌日からKさんだけでなく、近所の人達まで入れ替わり立ち替わりやって来て、私の様子を見に来ました。
私は不思議に思いながらも仕事をしていましたが、その頃Kさん、従業員、近所の人達の間でこういうやりとりがあったんです。

「○○さんとこの息子さん、まだ独身やったよな?一度あのバイトの子と合わせてみよか!」
「バイトの子も真面目そうやし、きっと息子さんと気が合うと思うわ」
私は水面下でこんなやりとりがある事も知らず、5月31日でバイトを終え、6月からプータロー生活に入りました。

6月5日頃、母親が職場から興奮しながら帰ってきました。そして、
「大変や!あんた見合いする事になったで!」と私に言いました。
私は訳がわからず「何で?私まだ20才やで?」と言ったんですが、母が言うには何とKさんが母の職場にいきなりやって来て、○○さんの息子とお宅の娘さんをお見合いさせてほしいと言ったのだそうです。
Kさんがしつこく頼み込むので、母は根負けして「はい」と言うしかなかったそうです。

私は全然乗り気じゃなかったんですが、とりあえず一度会う事にしました。
あちらの家族と相談して、7月2日にあちらの家で見合いをする事になりました。

見合いの数日前、Kさんがあちらの息子さんの釣書(プロフィールが書かれた物)を持ってきました。
息子さんの名前はH君と言い、年齢は30才でした。
会社での地位や月収もなかなか良くて、私と母は「もしかして玉の輿かも!」と乗り気になりました。
(後で月収は多めに書いたと聞かされました 笑)
ただひとつ、H君は赤ちゃんの頃の病気の後遺症で右足に障害があるという事だけが気にかかりました。

そして7月2日当日、緊張しながらH君の家に行きました。
私から見たH君の第一印象は「ふとがね金太に似てる!フランク永井にも似てるな」でした。

私とH君は皆から「二人っきりでデートに行っといで!」と言われたので、H君の車でドライブに行く事にしました。
初めのうちは二人共なかなか喋れなかったんですが、だんだん打ち解けてきて楽しい時間を過ごす事が出来ました。

帰りにH君は「今日はとても楽しかったです。今度また電話したいんですが、いいでしょうか?」と言って右手を差し出しました。
私は「はい」と答えて手を握り返したんですが、H君の手はとても大きくて包み込まれるような安心感がありました。

さっそく翌日H君から電話がかかってきて、その日以来ほぼ毎日デ-トをしていました。
5回目のデートで初キス、7回目のデートで初Hをしたんですが、どちらも自分でも驚く程すんなりと受け入れる事が出来ました。
H君は確かに足が悪かったけど、そんな事はどうでも良くなる位私はH君の優しい人柄に惹かれていきました。

7月下旬のある日、ドライブデート中にH君がいきなり車を止めました。
ずっと黙ったままだったので、私は「どうしたん?」と聞くとH君は「俺と結婚して下さい!」と言いました

私は頭が真っ白になり「まだ一ヶ月も経ってないのに何で?」と聞くとH君は、「初めて会った日から毎日会いたいと思う程好きになったんや。ずーっと離したくない。大事にする」と言って強く抱きしめました。
私は直感で「この人となら幸せになれるかも」と思い、「はい」とだけ答えました。

翌日から結納や挙式の日取りを決めたり、料理の勉強をしたり大忙しの毎日になりました。
H君は後に「プロポーズを受けてくれて嬉しかった。俺、足が悪いから将来子供が出来ても、運動会の親子競技に出られへんし…」と言っていました。
昔、足が悪いという理由でふられた事があり、H君は足が原因で結婚は無理だと思っていたそうです。
私は「運動会は私が全部出るよ。任せとけ!」と言いました(41才まで出続けましたが、中には大変な競技もありました 笑)。

90年になり、挙式の日が近づいてきた頃、私はマリッジブルーになりました。
新しい家庭をちゃんと築いて行けるのかと言う事や、生まれた町を離れる事、苗字が変わる事など次々と不安要素が増えていったのです。
H君が来ても会いたくないと言ったり、デートを断ったり…。
それでもH君は怒らず、私の不安を一つ一つ聞いてくれました。

そして3月に挙式して今に至るという訳なんですが、今思い出しても89年7月は激動の一ヶ月間でした。
見合いからプロポーズに至るまで、何もかも初めてづくしで、いつもの倍以上の速度で過ぎ去ったような気がします。

もし私が和菓子工場に行かなかったら、もしKさんが私を見にこなかったら、もし母親が見合いの話を断っていたら、今の私はいないでしょうし、二人の娘もいないでしょう。
本当にこの事に関しては運命を感じますね。

H君と結婚して今年で25年目になります。
お互いシミも白髪も増えたし色気も無くなったけど、ずっと気持ちは通じ合っています。

この25年間、最初に産まれた子が亡くなったり、私が自律神経の病気になるなど大変な事も多かったんですが、H君は逃げる事なく私達を守ってくれました。
私がH君に言いたい事は、
「いつもお仕事ご苦労様です」

「私の作ったご飯、いっぱい食べてくれるのは嬉しいけど、かなりメタボ腹になってるよ。健康に気をつけないとね」

「これからもお互い助け合いながら生きて行こうね」

・・・と色々書きましたが、改めて読むと結構恥ずかしいです(笑)。
でもたった一度のお見合いで、即結婚という場合もあるという事を伝えたかったんです。
じっくりお付き合いして結婚した方がいいのかも知れないけど、私達の場合はこれで良かったと思っています。

今回も長くなりましたが、最後まで読んで下さりありがとうございました。
来週の最終回は私がこの夏思った事と、最終回のご挨拶を書きたいと思います。
まだまだ暑いですが、体調には気をつけて過ごして下さいね。
















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