それいけ!ディープ歌謡曲

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松音ゆかり(大根夕佳)/江差恋唄

2014.09.30.Tue.23:39
江差
・1992年10月作品
・バップ


85年、アイドル歌手としてデビューした大根夕佳                  22才の歌声。


1971年8月4日生まれ、石川県七尾市出身。
85年デビュー当時、143センチ、33キロだったプロフィールも、
本作では、身長151センチ、体重38キロと成長、声変わりも澄ませ、大人な女性の歌声を披露してくれている。

88年に、松音ゆかりに改名、松音ゆかり名義としては、これが3作目となり、大根夕佳時代から数えると通産6作目のシングルとなります。

イルカさんが大好きで、作詞作曲も出来、絵もかける、シンガーソングライターになりたい・・・と、夢を語っていた15才の少女も、いつの間に心変わりしちゃったのか・・・
大学いもが好物だった、イモっぽいアイドル時代が懐かしい(笑)

80sアイドル歌手から→演歌歌手へ転向・・・
という流れは、長山洋子より、こちらが本命。先駆者でしょう!

しかし、歌声が逞しい、、、、
いいえ、夕佳ちゃん自身も、たくましく思えます。
カップリング「女の時代」では、パンチの効いた、どっこいグルーヴ演歌にチャレンジ。^^
江差2
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成田みなみ/TENPURA☆1990(てんぷらさんらいず)

2014.09.30.Tue.02:20
てんぷら
・1990年1月作品
・Light Flag


当時、九州地区を活動拠点に活動していた異色のアイドル。


谷山浩子に憧れ、歌手の道を志す・・・


念願叶って、自主盤ながら、谷山浩子の名曲「てんぷらさんらいず」のカバーで、レコードデビューに!


発売は、90年の元旦。1月1日。
当初は、89年発売のようだったのですが、7インチアナログも末期の時代・・・
プレス工場の減量が間に合わず、年を越えてのデビューとなりました^^


同じ日に、デビューした「マイ・ロンリィ・グッバイ・クラブ」の和久井映見さんがライバルです!
と言っていらした事も(笑)


また、高校時代には、河原浩美名義での活動もあり、地元の学生からは、カリスマ的存在に。
ボーカルが録音されたカセットをめぐり争奪戦も起こったとか、、、
河原浩美名前に由来は、


河・・・河合その子
原・・・原田知世
浩・・・谷山浩子
美・・・美加マドカのみ~~~じゃなかったかな?!
忘れちゃいました(笑)



本作「TENPURA☆1990」は原曲のメロディーに乗せて、デジタルダンスアレンジバージョンでお色なおし。
アレンジは、もちろんご本人。
当時、大流行していた、Jユーロビート感を色濃く出た仕上がりとなっている。

てんぷら2



B面、「Tenpura☆1990-特別おかわりヴァージョンー」では、
ご本人の、饒舌なセリフ入りロングバージョンにて収録されている(笑)


ちなみに、ジャケット写真にお顔は出ていませんが、岡村佳枝さん似だったと思います。ハイ^^。


スパンキー(BOYBOYS)/サハリンの灯は消えず

2014.09.30.Tue.01:30
CD19b
・1991年7月作品
・日本クラウン


89年~90年にかけて、地元福岡で、BOYBOYSとして活動していた男性アイドル3人組。

結成は、89年、福岡市で開催された、ヨカトピア博覧会キャンペーンボーイでした。
当時、福岡県内で行われたイベントなどには、必ずと言っていいほど、顔を見せていた(笑)



3人揃って、声を合わせ、「BOYBOYSです!」と息の合った自己紹介が印象的。^^


スパンキー改名からは、全国デビュー!
1968年、ザ・ジュノバの「サハリンの灯は消えず」をリメイクし、CDデビュー。
原曲のGSサウンドをダンスアレンジにし、大胆カバー!
当時、クラウンレコード専属作曲家、北原じゅん作曲、プロデュースは水谷公生。


CDジャケットが、裸なので、衣装のイメージが沸かないと思いますが、1年先にデビューした忍者を思わせる、歌と衣装。
黒を基調とした、忍者スタイルや格闘技スタイルで、歌い踊っていた。
CR19.jpg



現在は、それぞれ、どの世界で活動されているのでしょうね・・・・

須藤めぐみ/鎌倉あたりーかけこみ寺・気まぐれ大阪

2014.09.30.Tue.00:54
気まぐれ大阪2
・1985年11月作品
・センチュリー


歌謡裏街道・・・ディープ歌謡曲のご紹介♪


「気まぐれ大阪」・・・
このタイトルを友人が目にした瞬間、こうさんの歌じゃないの?・・・って言われてしまった。(汗・・^^)



須藤めぐみは、センチュリーレコードが本気で売りだしていたアイドル、川村愛と同じ月にデビューした歌謡アイドル。
本作「鎌倉あたりーかけこみ寺」でデビュー。
当時、大阪にあったドレミプロモーション所属で、関西地区を拠点に活動。


デビュー曲「鎌倉あたり」は、「京都の恋」を思わす、和モノ歌謡。


そして、今回、注目したいのが、B面の「気まぐれ大阪」・・・


実はこれ、88年に発売された、徳永希衣子のセカンドシングル「六本木トランジット」の元歌なんですね。


・・・とは、言っても、両方知らない人も、多いんじゃないかなーと思いますが、徳永希衣子は、86年にポリドールレコードから「ロマンス通信」でアイドルデビュー。そして、Kiikoに改名し、88年に「六本木トランジット」をリリース。
ポリドール本社からのリリースで、アイドルデビューだったのに、ポリドールアイドルの3枚組オムニバスに収録されず・・・
なので、知らない人も多いと思います。おそらく、徳永希衣子が福岡の芸能事務所、沢柳企画だったという事もあり、、権利関係上、収録が困難だったのかもしれませんね・・・。


でもって、「気まぐれ大阪」と「六本木トランジット」の関係の話に戻りますが、
2曲共に、作詞:たきのえいじ、作曲:幸耕平。そこまで同じで、編曲が「気まぐれ大阪」の方は、「ロマンス通信」の編曲もやった、あたのたちお・・と繋がっている。^^
歌詞は「六本木トランジット」とは、別歌詞だが、メロディーはほぼ同一のものが使われている。


楽曲の方は、秋山絵美の曲をもっと歌謡臭くした雰囲気、どちらにしても、70sテイストでしょう。^^


※追伸:未確認ですが、88年にセンチュリーレコードから「ジェラシーあげます」をリリースした、めぐみとは同一人物でしょう。声が同じ。



Kiiko名義でリリースされた「六本木トランジット」(B級ディープ歌謡マニアには静かな人気を誇る)
きまぐれ大阪

田嶋里香/きっと明日は

2014.09.29.Mon.18:50
きっと明日は
・1997年4月作品
・東芝EMI

90年代に発売された沢山のシングルCDの中で、僕が最も大好きな曲。
ジャンル・・売れる売れない、関係なく、90年代NO,1ソングが、この「きっと明日は」なのです^^。


作品の良質感に対して、全くプロモーションしてもらえなかった、とても可哀想な曲♪

もしも・・僕が、90年代の作品で、どんな曲が好きなのか?名刺代わりに1曲、紹介して欲しい・・・
と言われれば?!
僕は迷わず、「きっと明日は」を挙げる事でしょう~。
それくらい、好きッ!!

なんてったって、作曲はEPOさんですから~^^
80s、EPOさんがアイドルに楽曲提供していた、EPOっぽさ、あの香りがここに・・・^^

シャンプーのCMソングだったという事もあり、出したシングルの中でも、一番、メジャーで爽快感を放った。
曲の展開としては、西村知美の「シンフォニーの風」に近いタイプかな。


田嶋里香さん・・・95年デビュー組、アイドルのひとり。

僕としては、充分アイドルで通用する素材だった・・・と思っているのですが、その言葉を、ご本人が不本意に思われるのではないか・・・?という事で、シンガーソングアイドルとして紹介させていたできます。(笑)

1995年という年は、アイドルポップスシーンにおいて、いわばターニングポイントの年だったのです。

90年代に入ってから、ずっと翳りを見せていた、アイドルシーン、
そう、この95年頃までが、俗に言う「アイドル冬の時代」という事になるのです。
それが、94年10月に発売された、内田有紀のデビュー曲が1位を獲得した事から、雪解けがはじまり、この「1位」がきっかけで、95年という年は、TV界のアイドルたちが大活躍、各社が一斉に、乱発CDデビューをさせた年でもありました。

例えば、この年、CDデビューを飾った、田嶋里香さんとの同期は・・・

内田有紀、hitomi、小林恵、菅野美穂、村田和美、松雪泰子、篠原ともえ、瀬戸朝香、雛形あきこ、MAX,鈴木蘭々、奥菜恵、華原朋美、AYUMI(浜崎あゆみ)など、、、錚錚たる顔ぶれ!・・・

そこに、東芝EMIは田嶋里香さんを仕掛けた年、でもあったという訳なのです・・・

当時、ガールPOPというくくりのジャンルもありましたが、やはり時代は、TK。そしてTVから飛び出したメディア界のアイドルが優勢。
新潟出身で、それまで無名だった、17才の普通の現役高校生が、ポッと出てきたところで、なすすべは無かった。。。
それでも、95年は、コンスタントに4枚のシングルをリリースしましたが、状況は変わらず・・・

しかし、新人の彼女にビッグチャンス到来!!
優勝すれば「NHK紅白歌合戦」の出場権利が貰えるという・・・
今、考えたら、なんて無謀で、大胆なコンテスト?!・・・
この10組に見事、ノミネート。^^
デビュー曲を熱唱してくれた。

きっと明日は4
きっと明日は1
しかし、この10組、CDデビュー3年以内の歌手が、全員同じ条件で受けられるという、オーディション。

特に、優れた歌唱力が10組!
歌声を、重視したコンテスト。やはり、これ凄い事ではないでしょうか・・・

生放送という事もあり(全国放送初出演)、極度の緊張のあまり、声が震えながら、歌っていた事を憶えています。
歌い終わると、点数がボードに表示されるというシステムだったのですが、残念ながら、点数が伸びず、落選・・・
本人も、歌い終わると、すごく苦い表情・・・きっと実力が出せず、悔しかったのでは・・・
きっと明日は3

左から、ノミネートされた、細江真由子、田嶋里香、石嶺聡子
きっと明日は2
結果は、同期で同じレコード会社の対抗馬だった石嶺聡子が優勝。その年の「紅白歌合戦」出場した。


本作「きっと明日は」は、97年4月発売、花王の97´春ー夏のCMソングでした♪
作詞はご本人、作曲はEPOさん。編曲は水島康貴氏。
トータルプロデュースとして、所属事務所、レイズイン社長、長戸秀介氏。

東芝在籍時代最後のシングルで、出荷枚数も、華やかだったデビュー当時に比べれば激変、発売から、1年足らずで廃盤に・・・

当時活躍していたアイドルよりも、ずっと正統派アイドルだったような気がします・・・

そのクリスタルなお歌声、そして、このさわやかさ、爽快感・・・

90年代版、太田裕美という要素もあったと思います。

ガール・POP時代のアイドルポップス、それが「きっと明日は」だったような気がします。

絶滅危機にあった、97年正統派アイドルポップスシーンにあって、忘れかけていた、何か、懐かしい何かを、この作品と田嶋里香さんの歌声によって、ひっそりと・・・ながら、教えてくれた、これぞ彼女の代表作品だと思います。

追伸:97年、8月、熊本城に来て、この曲を歌ってくれている♪^^


きっと明日は♪
http://www.youtube.com/watch?v=yWs9vtlvhCw




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