それいけ!ディープ歌謡曲

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石野陽子(いしのようこ)/テディーボーイ・ブルース

2014.04.11.Fri.14:34
石野真子さんの実妹、陽子さん。

85年4月に本作でレコードデビュー!

キャッチフレーズは
「3つ星デビュー スキップ・エンジェル」

手ディー


愛称は:ヨースケ!

レコードの売上げよりも、デビュー前に「真子ちゃんの妹がデビューするらしい・・・」って話題は相当のものだった・・・

そう考えると、85年組の中では、デビュー前から、話題性的には一歩リードという事に・・・^^

石野真子を鏡で写し出したようなお顔で、最初見た時は、やっぱり似てたー
「テディーボーイブルース」の写真は、そっくりの角度から撮影。^^

全体的に真子さんを薄くした感じが陽子さん・・・って感じ。

本人には、何度も「真子ちゃんに似てるねー!」と言いましたが、「私、あんなに目がタレてないもん」と返されていた・・・(笑)
いえいえ、陽子さんもしっかり、タレてましたよ(笑)

でディ



僕が親衛隊活動を本格的に初めたのが、この石野陽子さんでした。

そして、陽子隊の隊長さんだった波多江さん、副の西口さん、徳間の宮下さん、そして陽子さん本人に親衛隊の応援の楽しさ、醍醐味を教えて頂いた気がします。(感謝・・・)


デビュー曲から3作は、50sサウンドを意識したアメリカンポップチックに、当時流行っていた、チェッカーズサウンドを乗っけた、シブ目のトラックで構成。
当時は、女版チェッカーズのサウンドも流行しており、岩崎良美さんの再ヒットを筆頭に、渡辺千秋「予言」高橋利奈「16才の儀式」や同じ徳間で、男性では高野くんの「イソップ物語」も同系統路線のものでした。

てでぃー1



陽子さんの魅力は・・・僕から言わせてもらうと、自分を作る事が出来ない、不器用さなところ・・・
そして、あの「ボ~ッ」としている感じ。^^

あと、一度笑い始めたら、笑いが止まらないところも大好きでした!(笑)

動きのテンポが速い人では無かったので、椅子にこしかけて、ゆっくり話しましょう~って印象が強いですね^^
よく、飛行機の待ち時間があると、椅子に一緒に腰掛けて、おしゃべりしながら、くだらないコントみたいの事をやっていた事も思い出しますね・・・(懐)
とにかく、一緒に笑ってくれてました^^
そう考えると、バラエティー向きだったんでしょうね。
TVのまんまのイメージのお人柄、ボ~ッとしているけど、ファン思いでした。



僕は、陽子さんが嫌うのを知ってて毎回、ま横で、「テディーボーイ・ブルース」をウォークマンで聴いていました^^

陽子さんから「何聴いてるの?」て聞かれて、

「テディ~ボーイ・ブル~ス~ぅ」って応えると、、、

すごい、悲鳴みたいな声で

「やめて~やめて~」「あんなの聴かないでぇ~」・・・

と、自分の持ち歌を聴くな!って言うんです。

なんて、プロモーション意欲の無いお方なのでしょう(笑)


確かに・・・「テディーボーイブルース」は、どの局で初歌いしたものも、ボロボロだった・・・酷い、散々ぶり・・・
(苦笑)
ででいー2

とにかく、最初はリズムに乗せて歌う事が精一杯で、緊張はするし、フリもやらなくては、ならないし・・・で、一杯一杯だったとの事・・・。
でてぃー3



デビュー初年は、特に地元でも無い、九州キャンペーンに力を入れてくれていました^^


僕は、本作の発売後に、熊本であったラジオの生公開放送を観に行った際に、怖い、お兄さんに挟まれてしまい・・
「アチャ~」こりゃ、からまれてしまったかな・・・(苦)
て、思って、逃げようとしたら、「陽子隊です!」って声かけられたのが、入隊のきっかけです。


隊長さんは、180センチほどの高身長で、スリムで、地元北九州のバンドのボーカルさんでした、かたや、副体調は身長が160センチ足らずの、川谷拓三似という凸凹コンビだったのが印象に強いです。
親衛隊をやっていると、最初の「セーノ!」というコールを統制って言うんですが、統制が上手い人と、そうで無い人と色々なんですね・・・
陽子隊の隊長さんは、バンドのボーカルをやっていたせいか、とても声がキレイで、通る声質だったんです。

僕も、こんな風に声が出せたらな~
この人を超えなくてはいけない・・・って(笑)
もう、憧れの存在でしたねー。というか、目標でした!ずっと。
これには、陽子本人も、初代波多江隊長のコールには惚れ込んでいた・・・という噂まで浮上したくらいでした^^
いや~波多江隊長カッコよかったです^^


実は「テディーボーイ・ブルース」には、シングルバージョンとは別に、ラフミックスバージョンが存在し、これもレコーディング済み。このバージョンは、プロモーションのカセットとして配られており、全国キャンペーンで歌う際には、全部、ラフミックスのオケを使用して歌っていた。
シングルバージョンよりも、サックスアレンジが異なるもので、全体的はスッキリしている。TVでもカラオケ使用の場合は、このバージョンを使っていた。


親衛隊と言えば・・・なぜか、隊長は、自分のタレントを呼び捨てで呼ぶのが伝統みたいなとこがあったんですよ。
だから、僕も陽子ちゃん!って呼んだ記憶ってないんですよね~
それと、当時は、隊長はネクタイをしめて、統制を取るのがステータス!って感じでした(笑)


僕も、入隊した頃は一番若くて、その後、隊長に就任した際にも、年上の隊員ばっかりだったので、隊長クラスはみんな大人っぽく自分をみせようと、それぞれ努力していましたね。(笑)

思い出は山のようにありますが、長くなるので、また次の曲の時にでも、綴りたいと思います^^




この写真は、3曲目「ロマネスクヨコハマ」のキャンペーンの時、確か、陽子さん髪を切って3日目くらい・・・
この時が、僕の隊長、就任式の時でもありました。その記念に陽子さんとパシャリ。^^
今、観ると、イベント終わって、大人に混ざって警備とかもやってましたが、やっぱり子供ですよね・・・
上手く警備できてたんでしょうか。。幼い・・
ネクタイも、ヨレヨレ(苦笑)
もう、時効だから、いいかっ。これも載せて。
石野陽子コウ

・1985年4月作品
・徳間ジャパン

「テディーボーイ・ブルース」親衛隊コール用紙。
陽子コール
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