それいけ!ディープ歌謡曲

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三宅亜依/ジュリアナNostalgia

2013.09.06.Fri.17:45
僕も若かった・・・(笑)

懐かしいな、この曲。

三宅亜依を知らない人の為に、彼女はテレ東で放送されていた「黒BUTA」の2期生で、「黒BUTAオールスターズ」としてデビュー。ここのメンバーで、後に有名になったのは、持田かおり。ELTのね。

しかし、歌手デビューは、こちらの方が先で、フロントメンバーでもありました。
ちなみに、デビューは同じレコード会社だった飯島愛と同日歌手デビューだったんですよ!

確か、ばんばひろふみさんにスカウトされたのがきっかけで芸能界入り。
アイドルグループに所属してましたが、本人はロック歌手志願でしたが、どうも、彼女がビートの効いたのもを歌うと曲のせいなのか、声のせいなのか、歌謡曲に聴こえてしまうあたりが、逆に、そこが良かったりと、歌謡曲ファンの心を掴んでいました(笑)
ちょっと、高音部分は浜田麻里風で歌は上手かった~

僕事ですが、彼女がデビューして、この曲を歌っている頃まで、都内に勤務しており、ジュリアナに対しても、少し思いいれがあり、懐かしく思います。

東京へ行き、まず最初に勤務した会社がビデオ会社だったんですよ。
そこの、映像部門と飲食部門という2つのセクションがあり、映像部門に配属になりました。

時給にして昼間1000円で、昼食も出ていましたから、今考えたら・・・「これがバブル!」というものだったのかもしれませんね。
 
ある日、社長から指名で数人、会社代表で、フライアー(チラシですね)配りに芝浦へ行って来てくれ!
との事・・・向かいました。

もう、社長が海外から仕入れたから、って事で、確か膝上20センチくらいの半ズボンとド派手なユニホームを着せられ、着いた場所が、ココ!この歌の舞台となった場所だった・・・という訳なんです。(笑)

多分、いやいやながら行った思い出があるんですが、今思うと、ノスタルジー・・・
思いもふけり、良い思い出、いい経験だったな。。。と。

「ジュリアナ東京」は、それから間もなく、94年8月31日をもって閉店した、そしてその3ケ月後に、この曲が生まれた。

ジュリアナの音階を使用した歌では無かったものの、サビの転調してくるアタリや、間奏部分の「ならでわ」な感じは充分にジュリアナ気分を味わう事が出来る。
だけど、悲しげなのね、この曲って・・・

この曲をフューチャーしたアルバム「アイエナジー」(ハイエナジーとかけて。笑)
では、「ひと夏の経験」のユーロバージョンもカバー。
ディスコキャンペーンも精力的に行ったいたが、ある日、事務所社長に逃げられ、突然の引退宣告・・・

その後、「ASAYAN」のオーデションで出て再デビューを果たす。

最後の、最後まで、テレ東に面倒みてもらったんだね!^^
IMG_0633.jpg
1994年/BMGビクター
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