それいけ!ディープ歌謡曲

スポンサーサイト

--.--.--.--.--:--
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

三田寛子に、思わず笑ってしまった・・・(失笑)

2015.06.10.Wed.01:14

先日の日曜日、福岡で行われたAKB総選挙。

この特番のコメンテーターとして、三田寛子が呼ばれていた。

2015060814220000.jpg
そう言わば、当時と変わらないアイドルと言えば、この人も、お顔が当時と変わらない・・・
同期のキョンキョンとかの、若さの保ち方とは、ちょっと違う、変わらなさ・・・さすが!映像少女!!

さて、本題に・・・

総選挙を一緒に見ていた友達に、思わず!

「三田寛子」は何位?などと、ふざけて言ってみた(笑)
・・・直後・・・
アンダーガールズの発表!

と、その時、司会者が「三田寛子さんもね、アイドルやってらっしゃいましたけど・・・」と振ってみたら・・・


「私たちの時は、時代が違うので、ほんとに賞レースで、FNS歌謡祭とか~博多ですと、どんたく祭り、あと、KBCだったかな~歌謡祭でー」と、
当時の体験談により、貴重なコメントを、えらい細かく!(笑)解説してくれていたにもかかわらず、、、、時間切れで画面が切り替わり・・・
そのまま、スルーされてしまった・・・




(失笑)



新人賞レースで、アンダーガールズだった三田寛子さんの話を、きちんと聞いてあげなさい!



スポンサーサイト

三田寛子/色づく街・ピンクシャドウ

2013.09.16.Mon.12:08
ここんとこ、移動中、よく聴いている曲なんです。季節的になんでしょうか・・・
両面ともベストカップリングなカバーシングルです^^

82年、歌謡界は、リメイクブームの真っ只中!三田寛子は、このリメイク曲で大ヒットを狙いました。

82年の10月発売でサードシングル、これでブレイクの狙った勝負曲でもありました。

大体、このサードシングルで同期アイドルの明暗が分かれる頃なんですよね・・・

三田さんがデビュー初年にリリースした曲や戦略に対しては随分、昔っから、雑誌のコラムやネット上等でも賛否あるようなんですが、僕は、このアプローチスタイルでの売り出し方は好印象でした。
それ以前に、賞レースでの苦戦状態などを見ても、売れる売れない以前に、初年度は、同じレコード会社にシブがき隊がいた事が、三田陣営にとっては大きな打撃だったと感じています。

僕は発売当時に、このレコードを買ったんですが、両面ともリメイク曲だと知らずに買ったクチなんです。

まず、「色づく街」は、原曲は筒美京平がアレンジをやってるんですけど、こちらのバージョンは川口真によって、現代風にアクセントを付けた、ちょっぴり豪華なアレンジの味付けされていて、僕的には原曲超えの採点です。

あ~やっぱり、いい、三田さんの哀愁たっぷりの、この表情・・・
笑わない表情が素敵・・・

しかし、よく凝ったジャケットデザインですね・・・南沙織さんの時と同じ、字体、レイアウトにジャケット写真を仕上げるだなんて・・・

そして「ピンクシャドウ」これは、もう三田さんのオリジナルのようなもの。

この曲は、ブレッド&バターのリメイク曲なんですが、ブレッド自身も数度としてアレンジを変え、リリースしている名曲中の名曲なんですが、一番Popなのが、この三田さんバージョンなんですよね!
逆に、このバージョンでブレッドに歌って欲しい感じもあるんですが(笑)
凄くアレンジは凝ってます。
三田さんの、投げやりな歌唱法も味なもの・・・(笑)

ちなみに、この「ピンクシャドウ」は、ただのリメイク作品ではなく、ブレッド&バターが歌ったバージョンのアンサーソングとして歌詞を女性目線に手直しされたもの。
ですから、両方のバージョンを聴いてみないと面白さが、分かんないんですよ。是非・・・^^

補作詞は、三田さん自身がやってるんです。

三田さん、この曲、好きだったんでしょうか・・・
気になりますね。^^

毎年、秋、この季節は、この曲を聴きながら街へくりだすのが恒例です(笑笑)

同期のアイドルでは、意外に・・・?!中森明菜さんと仲好し。
あと、きゃんきゃん。きゃんきゃんのメンバーとは、一緒に生活していた事もあるそうなんですよ。
img_45183_809198_2.jpg
1982年作品/CBSソニー

三田寛子/夏の雫

2013.07.21.Sun.23:58
「ゆれて湘南」に続いてこちらも82年夏の作品、三田さんのセカンドシングル。

デビュー曲「駈けてきた処女」に引き続き作詞:阿木耀子、作曲:井上陽水でありながら、こうもイメージが全く違うタイプの曲に仕上がってしまうのでしょう・・・
アレンジが坂本龍一だったので、その影響も。

プロデュースは酒井政利。戦略的には、百恵の「青い性」路線を意識したものでという発注だったらしいので、僕としては、この狙いは成功だったと思います。セールス的には・・・

しかし、凄い贅沢すぎる組み合わせの作家陣でしたね・・・

後にも先にも、彼女が出したシングル盤の中では、一番のヘビー級!
京都生まれの、ほんわかな映像少女に、あれだけ、ヒスっぽく、投げやりな感じで歌わせるなんて・・・
あの三田さんに対しては、演じる・・・という意味では、上出来だったと思います。

更に、レコードで聴くよりも、TVで歌っていた時の方が、演じる・・・という視点では、より大きく、荒々しく歌ってくれていましたから。さすが女優魂も感じました。

この曲、凄く、難度の高い曲調なんですよね・・・
三田さんにとっては、迷惑すぎるくらい大変だった事でしょう。(笑)

僕は、彼女が笑っている写真より笑っていない写真の表情が、とろけてしまう位・・・好きでした。

今でも、「日本テレビ音楽祭新人賞ノミネート」で歌えなかった悲劇が忘れられません・・・
img_45183_809198_1.jpg
1982年作品/CBSソニー
 | HOME | 

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。